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松江地方裁判所 昭和49年(ワ)5号 判決

原告 辰栄建設株式会社

被告 和光産業株式会社

補助参加人 有限会社和光コンクリート工業

主文

一、被告は原告に対し金五〇〇万円およびこれに対する昭和四八年七月二二日より右完済まで年六分の金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決の第一項は仮に執行することができる。

四、被告が金五〇〇万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

第一原告の申立

主文第一項同旨

第二原告の主張

(請求原因)

一、原告は別紙約束手形目録の手形二通を現に所持している。有限会社和光コンクリート工業(以下和光工業ともいう)は多伎建設有限会社(以下多伎建設ともいう)に対し、前記手形要件を記載した手形二通を振出した。

二、原告は右手形二通を満期に支払場所に呈示したが、支払を拒絶された。

三、被告が本件各手形上の債務の支払義務を負担する理由は次のとおりである。

(一) 和光工業は昭和四八年五月二二日不渡手形を出して事実上の倒産をし、その僅か八日後に被告が形式上は設立されているが、実際上には被告と和光工業とは経営の実体が同一であり、原告に対して負担する債務の履行を回避する手段として法人格を取得したにすぎず、被告は和光工業と同一人格とみなすべきである。すなわち、

和光工業と被告とはコンクリート製品の製造販売を主な営業目的として掲げ、かつ営業内容となし、営業活動の本拠地はともに東出雲町大字揖屋町二五五二番地にあり、役員構成もほヾ一致し、また被告は和光工業の従業員ならびに敷地、建物、工場設備一式をそのまま利用し、また材料仕入先、販売先等の取引先も多少の異動はあるが和光工業のそれと変らず、前示倒産にもかかわらず営業活動に間隙はなく、更に被告は和光工業の債務の大部分を立替名目で弁済しており、和光工業の清算事務はなされていないのである。このような実態であるからには、原告は被告が和光工業と別個の法人格を有することを否認し、和光工業の債務の履行を求めうるというべきである。

(二) 仮に(一)の主張が認められないとするも、被告は昭和四八年五月三〇日の設立時点に、和光工業の営業を譲受けるとともに、和光工業が負担する一切の債務を包括的に引受けた。

四、よつて原告は被告に対し、本件手形金合計五〇〇万円およびこれに対する後に到来する満期である昭和四八年七月二二日より右完済まで手形法所定年六分の利息の支払を求める。

(被告の抗弁及び反対主張に対し)

(二)の主張は否認。

第三被告の主張

(請求原因に対する認否)

請求原因一、二の事実は不知。

請求原因三は否認。

請求原因四は争う。

(抗弁および反対主張)

(一) 本件手形2の裏書の被裏書人欄は白地でその記載がないから裏書の連続を欠く。

(二) 本件手形二通はいずれも多伎建設の懇請により和光工業が融通手形として振出したものであり、和光工業と多伎建設との間で、多伎建設において満期に決済し和光工業には手形上の責任を負わせないという合意があり、かつ原告は本件各手形を取得するに当り、各手形が右の合意ある融通手形であることのみか、多伎建設において満期に決済することが困難となることを承知のうえ、手形の交付をうけたものであり、これらの事情によれば、原告は悪意の手形取得者として被告に対し本件各手形金の請求ができない。

第四証拠〈省略〉

理由

一、和光工業作成部分につき成立に争いがなくその余の部分につき証人大石善市、原告代表者惣前保の各供述および弁論の全趣旨より成立を認め得る甲第一、二号証、右各供述ならびに証人加藤武の証言によれば、請求原因一の事実および原告は取立委任銀行を通じて本件手形1を満期に、同2を満期の翌日に、それぞれ支払場所に呈示したが支払を得られなかつた事実が認められる。

二、本件手形2の第一裏書が白地式であること当事者間に争いがないが、白地式裏書が有効であることはいうをまたず、被告の抗弁および反対主張(一)は的外れであり採用の限りでない。

三、前出甲第一、二号証、原本の存在と成立に争いない甲第八号証、証人加藤武、同大石善市の各証言および原告代表者の供述によれば、本件各手形は、多伎建設が、かねて和光工業よりうけていた多量の融通手形の満期が次々に到来するため、その決済資金に追われて、昭和四八年五月一〇日頃、和光工業に対し、五月一二日、同月二二日が満期である融通手形約二〇〇〇万円の迎え金を作るために新手形を振出して貰いたい旨説明し、和光工業においてこれを了承のうえ多伎建設に訴外手形金額各二五〇万円二通とともに振出したものであること、右説明の際多伎建設は和光工業に対して、原告の下請として広島県内安古市の工事をすることになつており原告より二〇〇〇万ないし三〇〇〇万円の前渡金が出る予定であつて、本件手形を原告に持込んで割引いてもらい、右の前渡金と振替清算する手筈である旨を伝えたこと、多伎建設は同月一〇日頃原告方に本件手形他二通金額合計一〇〇〇万円を持参して、従前の下請工事に要した代金の支払や次に予定する下請工事の準備資金が入用であるので本件各手形によつて金融を得たい旨を懇請したこと、原告はこれを容れて多伎建設に対して金額各二五〇万円の約束手形四通を振出し、代りにこれの担保として本件手形他二通を受取つたこと、多伎建設は右の原告振出手形四通一〇〇〇万円を金融業者である山下商事こと山下哲男方で割引き、この割引金のうち五五〇万円を、五月一二日に、同日満期の手形の決済資金として和光工業に振込送金したこと、原告は右のように手形四通宛額面計一〇〇〇万円を多伎建設と互に授受した際、多伎建設が倒産必至であるとか信用が危機に瀕しているとは夢にも思わず現に五月一六日にも金額各一〇〇万円二通の約束手形を多伎建設に振出して金融を得させていること、以上が認定できる。

右認定事実によつてみれば、本件手形は、原告が下請業者である多伎建設に事業資金を調達させるべく自己振出手形一〇〇〇万円による貸付の担保として多伎建設より裏書交付をうけたものといわざるをえず、従つて原告の悪意取得をいう被告の抗弁および反対主張(二)は理由がない。

四、そこで、本件各手形上の債務につき被告が支払義務を負うかにつき判断する。

各成立に争いない乙第一〇号証の二ないし九、第一一、一二号証、証人加藤武の証言により各成立を認め得る乙第一号証の一、第五ないし七号証、弁論の全趣旨より真正に成立したと認める乙第三号証、証人難波章二・加藤武・惣前和郎・大石善市の各証言ならびに被告代表者の供述によれば、次のとおり認定できる。

和光工業は、昭和四八年五月二二日、七〇〇万円余の手形不渡を出して事実上倒産し、負債総額は二億円余であり、うち和光工業が決済すべき融通手形は七〇〇〇万円にのぼつていた。これに対し資産としては、建物この価格約三〇〇万円、什器備品約五〇〇万円、売掛金債権、預金債権、在庫商品の各若干があつたほか、事務所工場敷地のごく一部があるのみで、右敷地の大部分は和光工業代表者の個人所有であつた。昭和四八年五月三〇日に被告会社が設立されたが、定款は同月二八日に早くも作成されていた。会社の目的は和光工業と同じくコンクリートの製造販売ならびにこれに付帯する事業であり、被告がその他の目的としている鉄骨工事用製品の製造販売、土木工事の請負施行管理測量設計、繊維製品の加工販売、クリーニングは、いずれも将来の予定として掲げたにすぎず、うち現在までに実現したのは土木工事のみである。被告の本店は代表取締役に就任した万代孝が主宰する株式会社山陰産業(以下山陰産業ともいう)の本店と同一場所である出雲市今市町一六二五番地であるところ、そこには万代孝がいることは山陰産業を主宰することよりして当然としてほかに被告の専任従業員はなく、僅かに山陰産業の事務員を被告の兼務事務員に充てる形をとつているにすぎず、営業活動の実際は和光工業の本店である東山雲町大字揖屋町二五五二番地でなしている。被告会社の設立当時の役員は万代孝以下一一名であるが、和光工業の役員四名全員すなわち代表取締役加藤武、取締役白築久和・星野亮吉・浜村英雄がいずれも被告の取締役となり、うち加藤武は同年八月三一日に辞任している。なお加藤武の息子である加藤勇は、被告の設立時より役員であつて、現在は常務取締役の要職にある。

ところで被告の人的物的設備をみるに、従業員は、和光工業の全従業員であつた約三〇名をそのまま使用し、工場事務所の敷地は加藤武より、付帯設備を含む建物については和光工業より、いずれも昭和四八年六月五日付で各賃借した旨の契約書に基いて、和光工業の事務所、工場、設備をそつくり被告が使用収益しており、右の各賃料は和光工業に対して支払われている。被告は和光工業の売掛金を預り金名義で管理し、在庫商品は引継ぎ、材料仕入先、販売先も和光工業のそれをそのまま踏襲している。更に、被告は和光工業が多伎建設に対して振出した融通手形および多伎建設に関連して発生した和光工業の固有債務の一部を各除いて、その余の和光工業の債務を、万代孝の指示の下に順次弁済してきており、これを立替金名義の勘定としているにすぎない。和光工業は正規の破産手続はもちろんのこと倒産に伴う債権者会議等の内整理さえこれまで一度もしていない。被告の設立以来の代表取締役である万代孝を専務取締役とする株式会社山陰産業は、和光工業に材料を売渡しまた和光工業が多伎建設に対して振出した融通手形を割引いていたものであり、昭和四八年四月二七日受付をもつて、和光工業の敷地、工場、工場内機械器具に極度額五〇〇〇万円の工場抵当法による根抵当権を設定していた。倒産時に山陰産業が和光工業に対し有していた債権は前示融通手形の割引分約二四〇〇万円、材料売掛債権数百万円である。

かように認められる。右認定を左右するに足りる的確な証拠はない。

以上の事実によつて考えれば、和光工業と被告とはその実体を同じくするものであり、被告はなるほどその設立登記により権利主体となつてはいるものの、これは、和光工業が多伎建設に対して多額かつ放漫に振出した融通手形上の債務あるいは多伎建設に関連して生じ、和光工業の心情としては多伎建設より恩を仇で返されたともいえる形で巻添えにされた債務の支払を回避するため、和光工業の代表取締役加藤武と和光工業の大口債権者であつて、その敷地、工場、機械器具につき倒産直前に工場根抵当権を設定してその価値を掌握して支配力をもつた株式会社山陰産業の専務取締役万代孝とが、意思を相通じて、新たに法人格を設定した産物というべく、かかる場合においては、被告の法人格は、その法人格をもたらした手段ないし目的そのものの故に、これを否認する債権者との相対関係においてその法人格の機能が停止されるものといわざるをえず、従つて被告は和光工業と同一会社とみるのが相当である。被告は本件手形上の債務の支払義務を免れえない。

五、以上のとおりであるから、被告は原告に対し本件手形金五〇〇万円およびこれに対する後に満期が到来する手形2の満期である昭和四八年七月二二日より完済まで手形法所定年六分の利息金の支払義務があるものというべく、原告の請求は理由があるので認容すべく、民訴法八九条、一九六条第二、三項を適用のうえ主文のとおり判決する。

(裁判官 今枝孟)

(別紙)約束手形目録〈省略〉

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